ペット商材の流通と今後の市場展望

2024年09月04日

  • Interview

ペット産業で活躍する経営者や専門家をゲストに招き、日本の動物医療やペット産業の現状と将来について深掘りするセミナー形式のインタビューシリーズ。
国内では犬の飼育頭数が減少し、市場が厳しさを増していくことが予想されます。このような状況下で、私たちが取るべき市場判断と今後の施策とは何でしょうか。
現状分析と市場展望を中心に、お話を伺っていきたいと思います。
(この記事は3名による対談セミナーから、井東様との対談を抜粋して掲載しています)
 
生田目
今回は、ジャペル株式会社の取締役を務められている井東正樹さんにお越しいただきました。
井東さんは、東京ビッグサイトで開催されたインターペット2024のビジネスセミナーで国内のペット市場全体の動向と展望に関してご講演いただきました。
改めまして、ペット商材の流通のプロである井東さんに、ペット関連商品の現状と今後の展開についてお伺いしたいと思います。本日はどうぞよろしくお願いいたします。



井東
どうぞよろしくお願いいたします。

生田目
それでは、私からジャペル株式会社に関して簡単にご紹介させていただきます。
ジャペルさんは、ペット用品卸売業におけるリーディングカンパニーの一つです。
1970年の設立当初は、米国からの商品を中心にペット関連商材の流通事業を立ち上げました。
1980年代からは国内量販店にも流通を拡大し、現在は専門店にも商品を卸されています。
全国に29カ所もの物流拠点と、「ペットワゴン」「ペットの道具屋さん」という2つの自社通販サイトによって、あらゆる地域への幅広い流通チャネルを構築しています。
また、老犬・老猫向けの福祉施設やペット用品ショップの運営、店舗運営サポートなど、多岐にわたる事業を展開されているペット業界におけるトップ企業の1社です。

井東
はい。ご紹介いただきありがとうございます。

生田目
QIXの商品の販売においては、ジャペルさんには日頃から大変お世話になっています。
その中でも井東さんは、営業面はもちろん、新規事業の開発や海外展開まで精力的に実施されています。
時代の変化を肌で感じ、それに対応してこられた歴史も踏まえて、普段はなかなか聞けない、物流視点でのペット市場の動向をお伺いしたいと思っています。改めて、どうぞよろしくお願いいたします。



井東
物流の話は、ペット業界の人でもなかなか聞かれることが少ないので、今回の企画をとても楽しみにしていました。
特に、獣医師であり企業家でもある生田目社長とのお話は、新しい事業や展開の可能性も広がると思います。本日はどうぞよろしくお願いいたします。

生田目
早速ですが、ペット市場に関してお伺いします。
ペット市場全体の規模は年々増加していますが、どのようなカテゴリーが特に伸びている印象ですか?
また、流通量の増加か商品単価の上昇でいうと、どちらが市場規模に影響していると感じられますか?

井東
そうですね。市場の成長とともに弊社の流通規模も拡大しています。カテゴリーとしては、ペットフードやペット用品が特に伸びています。
統計データをみると、フードと用品を合わせた市場は4,500億円程度となっています。
弊社は国内ペット関連商品のおよそ3割を取り扱っていて、業界全体の動向を把握しやすい立場にあります。フードと用品の分野は従来からペット市場の主要部分を占めていますが、現在も高い成長率を維持していると認識しています。この成長は商品個々の物流量が増えたからだという認識はないですね。
全体として品揃えが増えていること、商品の単価が上がっていること、この2点が市場規模を拡大させている要因だと感じます。流通の主要な取引先は、ホームセンターやディスカウントストアで、弊社の売上の4割を占めています。その次にドラッグストアが約3割となっています。
また、近年はEC系企業との取り引きが増加していることが特徴的です。まだ件数としてインパクトはあまりありませんが、ペットサロンや動物病院からのニーズは増えています。
商品単価が上がる要因として、ケア製品や専門領域の商品が増えることも挙げられます。専門性の高い商品を、専門家の説明のもと購入したいという層が一定数いることは確かです。
一方で、このような商品が市場に影響を与えるほどの物流を生むにはもう少し時間がかかるのではないかという認識です。
ただ、オンラインはもちろんオフラインの環境も急激に変化しているので、飼い主は購入したい商品の目的に応じて購入場所を選ぶようになっています。



生田目
ありがとうございます。
特にコロナの影響で、市場全体にも影響が出ましたが、流通面でも大きく変化が出てきた印象ですね。ただ、実際の犬の飼育頭数は減少し続けています。
この先、さらに飼育頭数が減少していくとして、商品点数の増加や単価の上昇だけでは市場成長に対応できないと思うのですが、具体的にどのような影響が考えられますか?

井東
生田目社長のおっしゃる通り、統計情報からは飼育頭数は減少していますが、市場全体は徐々に大きくなっていることがわかります。
これは一般的に、円安で商品の生産原価が上がり販売単価も上昇しているからと言われています。ただ、頭数の減少率が大きいため、これだけでは市場規模の拡がり方を説明できません。
実際のところ、コロナ禍をきっかけにECの販売ルートが急激に拡大しました。そのため、飼い主が商品やメーカーに直接アクセスする頻度が飛躍的に上がりました。
また、高齢ペット層の増加で機能的な商品が求められるようになっています。
このような購買チャネル需要と商品需要の変化が同時期に起こったため、機能的な高額商品が自宅から店舗に行かずに注文できるといった構図になりました。
高付加価値商品が浸透する環境が整ってきたため、市場規模が拡大したと考えています。
さらに、今までは高齢ペット向け商品、いわゆるシニアペット市場のラインナップが不足していました。2008年のペットブームから15-16年。ペットのコア層がシニアになっています。そこに目を付けたペット関連業種外の企業も、「得意分野×ペット」で参入してきています。
今までは、「ペット業界は閉鎖的な産業だ」と言われて顧客の奪い合いをしてきましたが、新領域の開拓によって市場が動き始めていることを実感しています。
私はペット市場にずっといるので、個人的には市場に参入してきた異業種企業に頼るばかりではなく、業界のクセを知り尽くしているペット関連企業が率先して高い視座で市場を盛り上げてほしいと思っています。

生田目
仰る通り、動物病院市場もシニアペット領域に関しては重要度が増しています。ペット業界全体として、ペットの高齢化と家族化が大きな転換期になっていますね。
新しい角度の商品ラインナップはどのようなものがありますか?



井東
フードで言うと年齢や疾患に合わせたラインナップが一般化しています。早い時期からそういった商品が出てきていましたが、コロナを境に品目がより充実した上に市場規模も右肩上がりになっています。
また、ペット用品は生活用品とケア用品の大きく2つに分けられます。生活用品は機能に差が出にくく、アイデア勝負になってしまうので、あまり目立った傾向はないかなと思います。
一方で、ケア用品は専門的要素が強く出やすいので機能に重点が置かれる傾向にあります。
まだまだケア用品の領域はラインナップが不十分だと感じますし、優れた機能を持った商品が開発されることを期待しています。
ただ、この領域に入るには専門的知識が必要となるので、異業種からの参入には難しさがありますし、まだ参入企業は少ないのが現状です。
ペット用品、特にケア用品は今後着実に市場が拡大し、事業成長が見込める領域だと思います。

生田目
確かに、弊社では動物医療に近いケア用品を中心に扱っていますが、流通の方からはもちろん飼い主様からの意見も多く頂くようになりました。
意識の高い飼い主様が増えていることと、動物病院やペットサロンの卸売取引が増えていることにも相関性がありそうですね。
ジャペルさんの「ペットワゴン」など、EC販売チャネルは急成長していると思いますが、
実店舗チャネルからEC販売に置き換わる可能性はあるのでしょうか。

井東
おっしゃる通りで、弊社も含め、市場全体としてEC販売チャネルは右肩上がりです。ただ、購買ルートが実店舗からECへ移行してきているなか、すべての商品がECに置き換わることはないと考えています。
特に専門性の高いケア用品やサプリメント等の初回購入は、基本的には実店舗で説明を受けて購入される傾向にあります。機能的な高付加価値商品は、オンラインよりも手に取って説明を受けて吟味をしたいという顧客心理があるからです。
EC上では、分かりやすく短文で魅力的な文章を書くことが重要で、機能性や特徴、対象などを細かく記載することは難しいです。そのため、商品特性に応じて実店舗販売とオンライン販売はある一定の比率で安定すると思います。
ただし、このケア領域やサプリメント領域は市場として発展途上です。獣医師や愛玩動物看護師、トリマーなどの専門家が商品を理解し、「必要な相手にしっかりと売る」ということを一般化させることにチャンスがあると考えています。



生田目
ペットの専門職種が活躍できる領域ですね。
ですが、基本的に専門職種であればあるほど「売る」というトレーニングは難しいと感じています。

井東
そうなんです。
販売をする上で、「商品ラインナップの不足」と「人材不足」という2点の問題があります。作ることも使用用途を設計することも難しいので、この領域の確かな商品自体がまだまだ不足しています。ただ、ここ数年で新規商品が急激に増えていますので、この点は時間とともに解決されると思います。
一方で、人材不足は非常に重要な問題です。専門性のある商品ほど、しっかりと説明できるスタッフがいないということです。
専門職者が売ればいいと言っても、業界内の売上の4割は、犬猫の知識がまったくない人が担っています。特に問題なのは、量販店に限らずペットショップでも専門性のあるスタッフはごく一部だということです。実際にペット業界でこの役割を果たせるプロ人材は0.1%程度ではないでしょうか。
飼い主様のほうが知識レベルが高い場合もありますが、プロフェッショナルな販売員や専門職者がしっかりと説明した商品は、やはりしっかりと売れます。ですから、この課題に取り組んだ店舗から売上が伸びるのではないでしょうか。

生田目
そうなると、現時点で動物病院とトリミングサロンはペット市場の規模拡大のカギになると感じます。
つまり、獣医師・動物看護師・トリマーといった専門職者たちが担う領域が広くなるのかなと思いますが、これについてのお考えを伺ってもよろしいでしょうか。

井東
そうですね。
本来であればペット流通の過程に専門家の方々がいてくれると大変安心ですし、理想的です。商品開発もマーケティングも流通も販売も、犬猫のことを理解した人間が監修してほしいですね。
ただ、実際はそうではありません。専門職者として「こうあるべき」という思いと、商習慣が大きな壁になっているのではないかと思います。
例えば、獣医師の中でも「獣医療は自分たちの業務範疇だけど、一般食の販売は自分たちがすべきことじゃない」ということを言われる先生もいます。
トリマーも「カットすること以外に手を回す暇がない、ただ施術し続けていたい」と最初から他の事業を入れようとしない店舗もまだまだ多くあります。
実際のところ、専門職間でも、また専門職と他のペット関連職種との間でも理解が不足していることが一番の問題だと思います。
彼らは学校を卒業してから専門分野をひたすら学ぶ教育機関に入り、卒業後はその専門性が最大限活かされる職場で働きます。その過程で、自分たちの専門以外のペット事業の情報はほとんど入ってきません。
ただ、私は「商品を売ること」とは「顧客の生活を豊かにすること」であり、自分の事業を成長させることにつながると思っています。
ぜひ専門職の方ほど、業種交流を通じて売ることの重要性を感じてほしいですね。

生田目
ペットとペットオーナーの生活の質を向上するため、つまりQAL(Quality of Animal Life)を向上するために、広くペット事業者同士で連携を目指す必要があると感じています。
実際にどのような形であれば、具体的な連携の形を目指せると思いますか?



井東
まずは、業界内での流通形式を一体化させる必要があると考えています。
例えば、ヒトの医療では代理店・卸会社ごとに受発注を受けるわけではなく、システムで一元管理されています。もちろん、医療保険の点数方式とは異なるので、全てを同じにすることは難しいですが、参考にできる点はあるでしょう。
また、1つの疾患やペットの状態に合わせて、治療・医薬品・施術・ケア商品の流れがあり、推奨までしてくれる形が理想だと思っています。
例えば、ヒトで言えば、デンタルケア領域では歯科医師が施術を行い、歯科衛生士がデンタルケア方法の指導を提供しています。ペット業界でもフードやケア用品に関しては、獣医師やトリマーなど士業者との連携ができると思います。飼い主はペットの健康を第一に考えてペット商材を選びますが、一人では迷ってしまうことが多いことでしょう。
そこで、予防や治療の一環として獣医師がペット商材に関する相談も受けてくれる流れがあれば、科学的にも最適な商材選びができるようになるかもしれません。
また、獣医師相談のなかでその商品の欠点や正しい使い方を学ぶことができれば、不適切な使用による事故や健康被害を未然に防げることが期待できます。
また、トリマーは獣医師と飼い主の間で重要な役割を担っています。犬や猫に対する深い理解と、施術を頻繁に行うことから、個体ごとの健康状態を熟知しています。
さらに、仕事柄、獣医師や飼い主よりも全身を触る機会が多いため、イボや傷など、体の細かい異常に一番気が付きやすい立場にあります。
また、獣医師とトリマーの間で円滑な情報共有が行われていれば、ペットの病気をより早く発見することができ、飼い主に対しては、病気につながる前のちょっとした不調に対して、生活環境や食生活などの適切なアドバイスをすることができます。
弊社が運営する老犬・老猫介護施設「あにまるケアハウス」では、動物病院と連携し、トリミングルーム、ホテル、物流を一貫して提供しています。
このような施設が増えることで、情報共有や新しい技術・製品の導入が円滑になり、ペット業界全体の発展につながると考えています。

生田目
ありがとうございます。おっしゃる通りで、トリマーも獣医師も一見するとまったく異なる業種に思えますが、どちらもペットと飼い主を中心に動いていますよね。各業種を本質まで分解できれば互いの得意領域を組み合わせた連携の形を作れるかもしれませんね。
それでは、最後にこのインタビューを見ていただいている方々へ一言お願いいたします。

井東
ペット市場は今後も拡大し、特にペット用品領域の伸びが期待されています。しかし、市場の拡大と同時に、ペットに対する健全性が失われる可能性も懸念されます。
そこで、私たちペット業界関係者は、業界とペットの健全な成長に向けて、積極的に連携していくことが重要です。
具体的には、以下のような取り組みが考えられます:
■情報共有の強化: 製品開発や販売に関する情報だけでなく、ペットの健康や飼育に関する情報も業界関係者同士で積極的に共有することで、より質の高い商品やサービスを提供することができます。
■共同研究: 複数の企業が協力して研究開発を行うことで、個々の企業では実現できないような革新的な商品やサービスを生み出すことができます。
■人材育成: 人材育成プログラムを共同で実施することで、業界全体の知識やスキルレベルを向上させることができます。
■倫理的なガイドラインの策定: ペットの福祉に配慮した倫理的なガイドラインを策定し、業界全体で遵守していくことで、ペットに対する健全な飼育環境を促進することができます。

ペット市場の健全な成長は、私たち一人ひとりの努力によって実現できます。
ぜひ、皆さんも積極的に業界人との連携を図り、より質の高いペット業界を作っていきましょう!




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プロフィール:



井東 正樹(いとう まさき)
ジャペル株式会社 取締役
JAPELL (HONG KONG) CO., LIMITED 取締役