動物病院経営に必要な現代のリスクヘッジとは

2024年02月07日

  • Interview

動物病院を運営するにあたり、飼い主様とのトラブルやスタッフの雇用条件などにお困りの院長先生が増えています。院長先生が経営者として身につけておくべき“法規範”とは何か。また、様々なリスクに対してどのように判断し対応すべきなのか。獣医師でありながら弁護士、税理士の資格をお持ちで、RHA弁護士事務所代表の原悠太先生をお招きし、現代の動物病院で不足している法的リスクへの考え方について伺いました。


原先生略歴

インタビュアー:今回は、獣医師かつ弁護士と税理士の資格をお持ちで、RHA弁護士事務所で代表をされている原 悠太先生にお越しいただきました。動物病院における法務の概念、そして契約書の重要性についてお話を伺いたいと思います。よろしくお願いいたします。まずは原先生のご略歴をお伺いできますでしょうか。

:よろしくお願いします。私は高校卒業後に北海道の酪農学園大学獣医学部獣医学科に入り、卒業時に獣医師国家試験に合格しました。同じ年に中央大学法科大学院に入学し、その後、司法試験に合格しました。企業法務を中心に手がける大手弁護士事務所を経て、RHA法律事務所を開設し、現在は税理士法人Right Hand Associatesのパートナーに就任し、弁護士として仕事をさせていただいております。

インタビュアー:現在、原先生が携わられている業務範疇を教えていただけますか?

:顧問先を含めると6割のお客様が法人・事業主、4割のお客様が個人です。法人は動物病院、クリニックなどもあります。個人のお客様に関しては、半分くらいが離婚のご相談、半分が相続や労働、借金の相談になります。獣医師としての仕事はしておりません。


■動物病院の運営で不足している法的な意識 ~獣医師法/獣医療法だけではない~

インタビュアー:実際に獣医師としては、獣医師法・獣医療法が最も重要な法律であり、それを遵守することが必須となります。一方で、以前から薬剤の転売をしたり、売上を詐称したり、バックマージンをもらったりするトラブルなど一部では起こっているともお聞きします。どうしてそのような問題が起こってしまうのでしょうか。

:あくまで私の考えですが、これは我々士業も同じことが言えると思います。動物病院の先生は、獣医学部で6年間獣医学を学び、その後すぐに社会に飛び出すことになります。獣医師として、ひとりのプロとして、そして命を扱う仕事になるので、重い責任がのしかかってきます。それにも関わらず、他の業種に比べると相対的に法規範や社会に出てからのルールを学ぶ機会が少ないと感じています。それが大きな原因ではないかと思います。
具体的には、一般の企業であればマナー研修や社内研修のような制度を設けていて、いろいろな法規範を学ぶ機会がありますが、動物病院でそのような制度があるというのはあまり聞いたことがありません。




インタビュアー:確かにあまり聞きませんね。動物病院でそのような制度を採用されているところはまだ少ないと思います。

:「法の不知はこれを許さず」という刑法上の言葉があります。これは法律を知らなかったということが犯罪の理由にはならないという意味です。先程のお話にあった売上の詐称やバックマージンをしている人は、法規範に違反していることを知らなかったでは済みません。法律で禁止されていることを知らなかったという人は多いですが、やってからでは通らないんですよ。

インタビュアー:「知らなかったんです」と言うのは、つい言いたくなるフレーズですね。

:獣医師として社会で活動する以上は、様々な法規範の中で動いていくことになります。それなのに、法規範を学ぶ機会が少ない。獣医師は届出の順番やカルテの保存義務などは学びますが、刑法どころか、名刺の渡し方など習った経験がないと言われる方も多いです。

インタビュアー:学ぶ機会が少ないというのは、その分、何かが起こってしまってから対応するケースが多くなるということですね。

:実際、そのようなご相談は多いです。ただ、その段階だとすでに起こってしまっているので、やはり起こる前の予防として学ぶことが大切です。

インタビュアー:しっかり法の裏付けをして、院長先生が院内の基準として設定しておかないといけないのですね。

:その意識を持つだけでも変わると思います。院長先生はお忙しいので、雑務をやるには限界があります。だからこそ専門家である外部の士業に頼めば良いのではないかと思います。

インタビュアー:原先生は多方面の業界を見ていらっしゃるからこその広い視野で、その病院の強い点や弱い点が判断できるのですね。


■動物病院が受ける法的なリスク

インタビュアー:なかなか法的な内容はよくわからないというイメージが強いのですが、どのような意識を持っておくべきなのでしょうか。

:院長はひとりの獣医師であり、経営者でもあります。当然、獣医師として知識や優れた技術を持っていることは重要です。しかし、優れた獣医さんが優れた経営者であると言えるかは別の問題だと思います。
経営者である以上は病院を運営し、守ることが求められます。経営状況を数字としてみる能力も必要ですし、人を採用する能力、そこから育てるマネジメント能力も要求されます。
その最たる例が契約書をはじめとした各種書面の準備です。いち獣医師として働いている時は求められなかった能力なので、慣れていない人にとっては、非常に大変な作業です。
例えば、患者さんと交わす入院契約書、麻酔の際の同意書、必要な説明を行ったことを証拠化しておくための重要事項説明書などです。このような書類を用意しておくことで、例えば病院のスタッフが獣医療過誤紛争に巻き込まれた際のリスクヘッジにもなります。経営者としてリスクに気をまわせるかどうか、意識を持てるかどうかが、病院やスタッフを守るために大事だと思います。全部を学ぶ必要なく、ご自身を一人の経営者・社会人として客観的にみて、不足点を学習していくことが大切なのではないでしょうか。もちろん、先生方はお忙しいので自学自習にも限界がありますから、専門家である各種士業を使えばいいと思います。

インタビュアー:専門家にしっかりみてもらったほうが、より信頼できるし、リスクヘッジになりますね。

:最近インターネットの発展とともに、患者さんも以前と比べて詳しい知識を得ているので、ある程度リスクは顕在化しやすい世の中になってきています。患者さんから何か申し立てられた時に、ただの水掛け論になってしまうのか、書面という武器を持って理論武装して立ち向かえるのかは全然違います。対応する先生の心理的ストレスにも直結するので、すごく大事ですよね。

インタビュアー:ちなみにクレームに対して寛容に受け止める対応と法的な対応のどちらを選択するか、判断基準はあるのでしょうか?

:そこは院長先生の経営判断だと思います。しかし目安は持っておくことが必要ですね。例えばクレーム対応が人件費的に赤字になるタイミングや、これ以上は業務妨害になるという自分たちの物差しを持っておく必要があります。いつまでも同じクレームを言われ続け、対応しているスタッフが疲弊してしまうと、下手したら辞めてしまう可能性もあると思います。総合的に判断して決めていくしかありません。

インタビュアー:院長先生がしっかり方向性を示して判断することが重要なのですね。実際に丁寧に獣医療を行っていれば十分利益も出ると思いますし、院長として病院経営を続けていくことができると思うのですが、現場ではどのようなリスクがあるのでしょうか?

:リスクは、いろいろあると思います。院長先生も経営者ですから、ご自身のリスクとは別に病院のリスク、労働者のリスクを考える必要があります。私は獣医療に関するリスク、内部関係に関するリスク、外部環境に関するリスクの、大きく3つに分けられると考えています。当然、売上が上がれば自然と病院も大きくなっていくので同時にリスクも増していきます。
1つ目の獣医療に関しては、獣医療過誤のイメージが一番強いと思います。獣医療過誤紛争は、患者さんからの申し出で紛争が開始されますので、患者さんケア等で件数を減らすことはできても完全に防ぐことはできません。日本国民は全員が裁判をする権利を持っています。患者さんが医療過誤を裁判所に申し立てたら、中身はどうであれ始まってしまいます。名指しで医療過誤の当事者に上げられた先生の心理的負担は大きく、場合によっては仕事が嫌いになってしまったという人もいました。
2つ目の内部リスクに関しては、主には労働者関係ですね。未払賃金、不当解雇、契約の内容に関してのものが主にあげられます。その他にスタッフ間のセクハラ、パワハラ、スタッフ個人が離婚、相続が発生した、刑事事件に巻き込まれたなどの個人的なトラブルで、雇い主である院長先生が関わらざるを得なくなる場面もでてきます。
3つ目の外部環境に関するリスクは、主には患者さんとのトラブルです。診療費の未払い、クレーム対応、ネット上での誹謗中傷、それ以外だと賃貸トラブルなどがあげられます。

インタビュアー:院長先生だけではなく、スタッフにも予防策を徹底しておかないといけないですね。

:トラブルはゼロにはできないと思いますが、起こった時のリスクヘッジは考えておかないといけません。病院が大きくなれば自然と増えていってしまうので、そこにしっかりと意識を持てるか、ケアができているのかで、病院がそれ以上に成長できるかや安定できるのかが変わってくると思います。

インタビュアー:そういう意味では先生のような法律の専門家、税務の専門家にまず相談するのが一番の近道ですね。

:そうですね。やはり専門家に任せたほうが良いと思います。あくまで獣医師は動物を診て治療してあげるのが仕事ですし、そこに時間を費やすべきだと思います。細かい面倒なことは外の専門家に任せたほうが良いです。回答は外部の専門家に出させておき、獣医師は法規範について最低限の意識を持つことからスタートしたほうが良いでしょう。

 
■これからの院長に伝えたいこと

インタビュアー:今、開業されている病院の院長先生、独立されて新しい院長になる先生、そしてこれから開業を目指す先生に向けて、何かアドバイスをいただけますか?

:最近はネットの発展によって患者さんも色々な情報を調べて来院されます。そのため、飼い主とのトラブル問題や経営難易度も上がり、先生ご自身で学ぶべきことが増えて大変だと思います。それでも一人の経営者として意識を持ちつつ、何が足りないのかを判断できるようにしておかないといけません。その代わり、足りないところは適切な専門家に頼むという判断指針をご自身の中に持っておくことが大事だと思います。私は現在弁護士、税理士をしていますが、かつては獣医師を目指していました。その理由は動物が好きだったからです。そして患者さんも動物が好き、獣医師も動物が好きだからこそ、その仕事をしていると思います。みんなの気持ちが同じなのにトラブルになってしまう。私もなんとも言えないやるせない気持ちになります。そのギャップの部分を少しでも減らす力になりたいと思っています。

インタビュアー:ありがとうございます。私たちQIXも日々、先生方から様々な相談をうけます。しかし、中には専門ではないところがあり、全部には応えられず歯がゆい思いをすることがあります。まさしく、原先生のような専門分野の方の力を院長先生や勤務医さんは必要としています。ぜひお力添えをいただければと思います。

:こちらこそ、よろしくお願いいたします。何でもできることはお手伝いをさせていただきます。
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■プロフィール




原 悠太(はら・ゆうた)
RHA法律事務所代表弁護士、税理士法人Right Hand Associates パートナー税理士、獣医師
 
酪農学園大学獣医学部獣医学科卒業と同時に獣医師免許を取得。その後、中央大学法科大学院へ入学し、司法試験に合格。長野地方裁判所で数年勤務したのち、企業法務を中心に手がける東京都内弁護士法人へ。2020年にRHA法律事務所を開設し、現在は税理士法人Right Hand Associatesのパートナーも兼任。獣医師資格と税理士資格を持つ弁護士として、法人・個人問わず多くの方の問題解決に取り組んでいる。